新倉富士浅間神社から観た富士山 ( ̄▽ ̄)
ここにはいつも富士がある〜♫
今回はキャッチフレーズ通り(^_^)v
今日はトーマスランド号で富士吉田入り!
していませんが・・・(^-^;
下吉田駅から北口本宮冨士浅間神社に続く参道を歩いてみました!
金鳥居の手前が俗世間、その先が御師(おし)の住む聖域、上吉田!
こちらは紳士服店のショーウインドウ ^_^
富士吉田市はネクタイの生産量日本一(^_^)v
かつて上吉田は富士信仰の拠点、下吉田は機織りの街として栄えていました。
機織りで忙しい女子衆に代わり男衆が炊事を担当!
誕生したのが名物「富士吉田うどん」です。
まさにオトコの料理!
太くてコシの強い手打うどんに、醤油と味噌の合わせ汁、甘辛煮の馬肉と茹キャベツをのせた肉うどんが定番メニュー (^。^)
並盛り一杯450円!安い!!そして美味い!!
伝説によると当地に機織りを伝えたのは徐福!
徐福は不死の山(富士山) にたどり着いたものの、結局不老不死の薬は見つからず、当地に織物技術を伝え、望郷の念を抱きながら富士山麓で一生を終えたそうです。
また、当地には太古の昔富士高天原があったとする「宮下文書」が伝わりますが、人民、海軍、民族、元帥、大本営、帝国、政治など、明らかに近代の用語が使われており「偽書」の疑いが濃厚です。
徐福伝説のある所は熊野地方や佐賀の金立神社、富士山麓や秋田県の男鹿など修験道の聖地という指摘もあります。
修験道は道教の神仙思想からも大き影響を受けており、徐福伝説と修験道の関連が指摘されます。
地元の徐福研究家、故羽田武栄氏は紀元三世紀頃、富士北嶺に渡来人が住み着いたことは歴史的な事実としながら、渡来人秦氏の末裔を自認する御師団の先祖が、同郷の徐福を慕って当地に移住したのでは?と述べておられます。
古事記が世間に知られる様になると、浅間大神は木花佐久夜毘売とされる様になりますが、富士宮の神が「水徳」で火山を鎮めるのに対し、富士吉田の神は「養蚕機織り酒造り」の神とされています。
徐福研究家の羽田さんだけではありません!
こちらのダンディーな社長さんも羽田さん!
富士山麓には徐福の子孫と称する「羽田」姓が多数あり、史実かどうかは別にして「信仰」として、当地に息づいている事は確かな様です。